国際化の必要性indebted in Thailand

【弊社の国際化推進のお手伝いに関すること】

・弊社は現在、福岡や九州のクライアント企業様、顧問契約をいただいているお店の
 オーナー、SBIベリトランス様、SBIチャイナブランディング様などと一緒に、中国や韓国、
 オーストラリアをはじめ海外への通販事業支援、訪日外国人旅行者の方への対応支援
 などを行っております。

・弊社の体制としては、既に中国人スタッフ、オーストラリア・ビクトリア州在住のスタッフ、
 日本人の韓国語ネイティブスピーカー、中国語のネイティブスピーカーなど、ビジネス面
 での共感をいただいているにも方々にも参画してもらっています。

・また、代表者としては福岡大学の客員研究員として、昨年夏には、弊社クライアント、
 福岡商工会議所や福岡市役所、福岡観光コンベンションビューローとの共同研究調査
 「福岡クルーズ船乗船客調査」に携わり、福岡経済の国際化の必要性も訴求して
 参りました。

・このような活動は、当然、地域を愛する気持ち、次代にも心地よいライフスタイルで生活
 できるための、ある程度の経済発展を残してあげたいという考えを元にする活動です。
・しかし、もう一方で、実は下記のような思いもございます。

・お時間が許すようであれば、ご一読いただければ幸いです。

【弊社代表者の思い出と思い】
・弊社が国際化の支援を行うのには、実はもうひとつの理由がございます。
・以下の文は、弊社代表の幼少からの個人的な考えが元となっておりますので、
 全ての方へご賛同いただけるものではないことも考えられます。
・弊社としては、様々なご意見があって結構だと思っています。
・唯、弊社としては、これから日本が国際化する際に多くのアジアの人々に日本人が
 実際に助けてもらった歴史を踏まえた上での国際化をお手伝いしたいと考えております。

【弊社代表の伯父とミャンマー(ビルマ)、そしてタイの人々】
私の母方の叔父は大東亜戦争へ志願して出兵しました。
独学で語学を学んでいたために、主に東南アジアへ諜報員として派遣され、ジャングルをさまよいながらミャンマーで終戦を迎えています。
その後、バンコクの寺院の床下に6年間もの間、朝昼晩の食事を与えてもらいながら、僧侶にかくまってもらって生きながらえていました。
同時の日本人、特に戦争で戦っていた兵士は、敗戦後の日本に生きて帰国するということは、恥をさらすことであり、心情的に帰れなかったのです。

 
その伯父が、私が小学1年生の時に、なんとかありったけのお金をかき集め、一度、帰国した事がありました。
年老いて、日本の地で死にたいと。

帰郷後、兄弟や親戚に訴えました。
なんとか日本でタイの家族も含め、生活するために迎え入れてくれないか。

 
しかしまだ当時の日本では、社会自体が言葉も分からない元日本人やその家族を歓迎する状態ではなかったこと、親戚のみんなもそう裕福でなかったことなどがあり、結局、誰もそのことを許さなかったのです。
まだ子供だった僕にも、その無情さが悔しかったことを覚えています。
「昨日まで日本のために戦った日本人を帰すことを許さなかった昭和という時代」
 
戦後生まれで、当時の世相や状況を正確に知らない僕が云々すること自体、許されないことなのかもしれません。
 
一緒に風呂に入り、当時帰国していれば戦犯で処刑されること、軍人の心情として帰国しづらかったこと、叔父だけでなく、200名を超える多くの日本人が同様に未帰還兵となっていた状況など、大きな体を揺さぶりながら話してくれたことを鮮明に記憶しています。
あれからもう35年もの月日が流れてしまいました。

学生時代に叔父がカタカナを教えていた僧侶と文通をした後、卒業後にやっとバンコクへ行き、仏前にお参りしました。
質素な家だったのに、あの当時のままの伯父、ごつい身体に満面の笑顔。
全くその家には似つかわしくないほどの豪華な仏壇に祭ってもらって迎えてくれました。

今の日本人の何人の方が、本当に多くの未帰還兵のことを理解しているのだろうか。
本当に日本のこれまでの経済発展は、日本人だけで成し得たのですか。

先達の様々な人々の思いや、理念、行動をこのまま次代に伝えずにいていいのでしょうか。
歴史の事実を理解せずに、国際化が本当に可能なのでしょうか。
 
私自身、偉そうなことを考えても、今まで小説や新聞投稿などでこの歴史的事実を公表しようと考えていたにも関わらず未だ成しえておりません。 
これまで中国などアジアからの留学生に働いてもらったり、農業研修生向けにささやかな資金援助などをしたこともありましたが、結局、叔父への恩を未だバンコクの方々へお返しできていないのです。
 
最近はだいぶん垣根が低くなりましたし、今後の日本を考察すると、やはり規模の大小にかかわらず、日本の国を作ってくれた方々への思いや感謝を元に、多くの国々の方と交流し、いろんな意見や考えを聴きながら、次の世代に引き継げる国際化を推進すべきだと考えています。

今回、ご縁があり、松林監督とお会いして、私がなし得なかった未帰還兵のことを代わりに映画にしていただいて、本当に大変感謝しております。

松林監督の「花と兵隊」が、これまでの日本と今の日本、そしてこれからの日本について改めてじっくりと考える機会となれば幸いです。

実は私共の国際化推進のお手伝いの根底には、多くの日本人を救ってくれたアジアの方へのご恩返しができればという思いもございます。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

※松林要樹監督の映画、「花と兵隊」のご案内はコチラです。